遠藤周作著「イエスの生涯」を読んだ感想

f:id:tokidokitamani:20200512233125j:plain

 キリスト教とはあまり縁がない人生を送ってきた。小中高と公立の学校へ通ってきたし、近所には教会はなかった。唯一の接点は西洋絵画ぐらいだろう。ルオーやエル・グレコ、レオナルドダビング、ラファエロミケランジェロ。近代以前の西洋美術の歴史はキリスト教と共にあった。そんなわけで自分にとってキリスト教は数々の巨匠が作り出してきた図像の印象が強く、イエスの教えや聖書の内容といった中身の部分はほとんど知らなかった。キリスト教は世界で最も信者数が多い宗教であり、西洋の芸術、文化の根底をなしている。日本は政教分離で世俗社会であるが、映画やアニメ、漫画などの物語が作られる時に根底には仏教思想がある。同じようにハリウッドやディズニーなどの作品の根底にはキリスト教的倫理観が強くある。物語を理解するときに宗教は切っても切り離せない存在だ。そこでキリスト教を知る手がかりとしてこの本を手に取った。

 キリスト教に関する著作はこれが初めてだ。これまでの学校の授業で習った程度の知識しかない。キリストはローマ帝国の東の辺境の地の一介の大工であった。世界三大宗教イスラム教の開祖ムハンマドは名門の氏族の生まれで、仏教の開祖ゴーダマ・シッダールタは王族の生まれである。それに対してイエスは平民出身でキリスト教は辺境の地で生まれ、その地の主流派であったユダヤ教からの異端だと迫害された中で生まれた宗教だ。イエスは愛に徹した。「人間にとって一番辛いものは貧しさや病気ではなく、その貧しさや病気から生まれる孤独である。」民衆はイエスに奇蹟を期待したが、イエスは愛を与えることしかしなかったと述べられている。現生利益的な効力より愛という精神を説くことでここまで教えが広まっていったのだろう。イエスの言う愛を貫くことは常人にはとても難しい。愛だけでは腹は膨れないし、病気が治るわけではない。周囲の人たちは民衆をまとめるリーダーシップは発揮したり、奇蹟を起こすことをしなかったので非常にもどかしい気持ちだったろう。

 「イエスは何もできないこと、無能力であると言う点で本当のキリスト教の秘儀がある。キリスト者になると言うことはこの地上で無力であることに自分を賭けることから始まる。愛というものは地上的な意味では無力、無能だからである。」自分が無力だとわかっていても被差別民、敵までも愛する。キリスト教の愛の深さと広さの一端を感じることのできる一冊だった。